【idea】アイスクリームのコーンは『売り切れ』が発明した 1904年セントルイス万博 #潜在するニーズ
1904年セントルイス万博で、アイスクリームを販売していたアーノルド フォナチュー(Arnold Fornachou)の店で、アイスクリームを入れる容器がなくなってしまった…。
急遽、隣で、ウエハース状のワッフルを焼いていた アーネスト・A・ハムウィ (Ernest A Hamwi) はワッフルを円錐状にして焼き、アイスクリーム店へ提供した。
アイスクリームのコーンの誕生の瞬間であった。
At the St. Louis World's Fair in 1904, a Syrian/Lebanese concessionaire named Arnold Fornachou was running an ice cream booth. When he ran short on paper cups, he noticed he was next to a waffle vendor by the name of Ernest Hamwi, who sold Fornachou some of his waffles. Fornachou rolled the waffles into cones to hold the ice cream - and this is believed by some (although there is much dispute) to be the moment where ice-cream cones became mainstream.
The earliest cones were rolled by hand, from hot and thin wafers, but in 1912, Frederick Bruckman, an inventor from Portland, Oregon, patented a machine for rolling ice cream cones.
He sold his company to Nabisco in 1928, which is still producing ice cream cones as of 2017. Other ice-cream providers such as Ben & Jerry's make their own cones.
ミズーリ州セントルイスで1904年に行われたセントルイス万博では、バナー・バター製造所のオーナー、ジョージ・バングがアイスクリームを売った。伝えられるところによれば、彼はボウルを使い果たし、その代わりとして巻いたワッフルを用いた。セントルイス万博での最初にワッフルをつくった人物として、アーネスト・A・ハムウィの名が挙げられることもある
『日世』の唯一無二のビジネスモデル
1951年、ソフトクリームを初めて日本に紹介したのが『日世』だ。
https://www.nissei-com.co.jp/ab_history.jsp
コーン販売 から、ソフトクリームベンダーへ
唯一無二!ソフトクリームの総合カンパニー!
「原料、コーン、フリーザー、全部自社生産」でシェア50%
中国ですでに130億円 烏龍茶ソフトやドリアンソフトなどを開発。
地域に寄り添ったメニュー開発も。レシピを考案し、長期に渡りミックスした材料を提供し、オリジナルな味を提供しつづけるので、地域ごとの限定ソフトクリームを提供できる。
https://www.nissei-com.co.jp/dn_menu.jsp
日世は1951年、アメリカ日系2世の田中讓治が興した貿易会社が始まり。アメリカで人気のソフトクリームを日本で売れないかとフリーザー10台を輸入し、大阪の百貨店で販売してみると大好評。瞬く間に全国に広まり、ソフトクリームの第1次ブームを起こした。さらに、1970年に開催された大阪万博では、食べ歩きというスタイルを根付かせ、開催期間6ヶ月で直営店で約30万個のソフトクリームを販売。これがきっかけとなり第2次ブームが起こった。日世はこうしたソフトクリームブームを幾度となく巻き起こし、文化として根付かせてきたのだ。また、2013年には上質な生クリームを配合した濃厚なクリームに今までにないラングドシャコーンを組み合わせた「クレミア」を発売。「大人のソフトクリーム」として今や1700店舗以上が扱う大ヒット商品になっている。
#潜在するニーズ
1996年 ロッテ『クーリッシュ』誕生
ロッテ商品開発部の荒生均(あらおひとし)は、アイスの売上の低迷で悩んでいた。当時3200億円のアイスクリーム市場は 1994年から低迷。
『冷たさ』と『喉のかわき』は他のペットボトル飲料で『甘さ』はスイーツにおきかわっていた…。ロッテグループの会長の重光武雄から『口栓付きパウチ容器』の開発を指示される。
ペットボトルの普及で、アイスも持ち運べて飲めるようにすればよい。
『口栓付きパウチ容器』アイスが飲めるようになった。
クーリッシュが誕生する。